足臭カントリー・ロード
田舎、という言葉の響き。
そこにはなんだか古きよき日本というか、平穏でゆるりとした時間の流れだったり、
心温まる人と人のつながりを感じます。
そしてやっぱりそういう環境で育った人間は、
その風土にそまるもので。
そういうわけで、通行手段はバス、コンビニの替わりは農協の直販店という田舎の親玉みたいな田舎で育った結果、こんなにのらりくらりとした人間になってしまいました。
どうもお久しブリーフのび太です。
三週間ブリーフです。イエーイめっちゃホリデー。
あぁ。
そんな冷ややかな目で見ないで。
ごめんなさい。謝りますから。
謝りますから、もっと見て、もっと冷ややかに。
というとたいてい皆冷ややかな視線をやめてくれます。窮地にオススメ。
でも視線が合わなくなります。そこもまたなんだかシュールでいいよね。
さてと。
ブログの更新をほっておくのを、田舎の育ちの良さに結びつけようとしている
今日この頃の僕の心持ちなわけですが。
でも、田舎の育ちってやっぱりその人の人格形成に何かしら影響を与えるもので。
例えば僕がよっぽど温厚なのはきっとゆっくりとした時間が育んだんだろうし。
あるいは僕が細かいことを気にしないのも、きっと自分含めて周りの人の生活自体がざっくりとしたものだったからなんだろうし。
そして僕が生粋の巨乳好きなのも、きっと牛ばっかり見てたからだと思う。
ありがとう。ホルスタイン。
とにかく、田舎育ちっていうのは、
藪の中や、田畑の中をボロボロの運動靴で走りまわって育った感覚そのままに大人になるもんだから、
やっぱりその後の人生の歩き方までそんな泥臭い生き方になるんだと思います。
それで都会に出てはや9年がたつ訳ですが(このブログは7年目)、
未だに抜けない田舎のくせが「カギを掛けない」
コレね。
とにかくカギを掛けない。
家も、ちょっとコンビニくらいならカギなんてかけないし。
チャリだって常に乗ったら即出発出来る格好でスタンバイ。タッチアンドゴー。カギなんていらないぜ。
心の扉も常に全開。誰でもはじめましてから結構フランク。
別段それで何かあったことないし、あったとしてもいいじゃない別にそれくらい。
家に誰かはいられたって、特に困るものなんてないし。
チャリもどうぞ困ってるなら乗って行ってもらって結構。
僕の心も開けたり閉めたりしてもらったらそれだけで喜びます。
という心持ちだった都会歴9年目にして初体験。
チャリぱくられた。
家で。
FUCK。
田舎がどうとか関係ない。
やっぱりチャリぱくられたら不便すぐる。
もう犯人とかホント呪われて欲しい。
呪いでワキがくさくなってほしい。
という失意の底に沈んだのが先週の月曜日。
そして失意の底で、同期に相談したのが先週の水曜日。
僕「俺さ、チャリぱくられたんだよね。やっぱりカギ付けてないとダメだね。都会って怖いね。」
同期「あぁ、お前のチャリ、同期のMが乗って帰ったよ。」
僕「何ソレ。死んでほしい。」
そういう訳で、ぱくられた二日後に足取りが発覚。
ゴメンネ、M。呪いでワキがくさくなるかもだけど、まぁ我慢して。周りの人が。
M「ごめんごめん、金曜までには返すから。」
という言葉を信じて、今日は日曜日。
未だに僕の自転車置き場はやっぱり空っぽのままです。
呪いが、足りなかったようです。
足がくさくなればいいのに。
さてと。
また来週から一週間。
気合いれて頑張りますか。
僕のチャリが帰ってくることを祈って、またお仕事頑張ります。
皆さんも頑張りすぎずに、頑張ってくださいね。
それではまた。さよなライオン。